2012年2月11日土曜日

自己紹介を兼ねて…今までのお話

第30回日本小児心身医学会を担当します井口です。皆様よろしくお願いします。
簡単に自己紹介を兼ねて、ここまでの経緯をまずはお話しできればと思います。

1、小児心身にかかわるきっかけ
・もともと学生時代から子どもの心の問題を何となくやりたい?と思っていたような気がします。
・学生時代障害者問題研究会(障問研)というサークルに入っていて、障害のある子たちの日曜学校や授産所とかかわってバザーやったり夏祭りやったり、無認可から認可の運動やったりと、フィールドワークをよくやっていて、今までかかわってこなかった人たちに出会いとても学ぶことが多かったです。自閉の子やてんかん、知的障害の人たちに人として触れ、家族の悩みに付き添ううちに自然にそういう心理的な関わりを持つようになっていました。
・初期研修で名古屋第2赤十字病院のローテート研修に入り、小児科に2年目でフィックスした時に、特殊外来に来て見えた斉藤久子先生の外来に陪席させていただきました。それが僕の小児心身医学の出発点です。
・斉藤先生はお母さんのような人で、中3の時にくも膜下出血で一晩で母を亡くしている僕にとっては、本当に母のような人でとってもかわいがってくださいました。斉藤先生の外来に陪席させていただくことやいろいろお話を伺ったり、摂食の子の入院治療している子の相談に乗ってもらったりしながら、あとはかんで実践しているような感じでした。ヒステリーで歩けない子も楽しくかかわっているうちに何となくよくなっていき、楽しいスタートでした。

2、小児心身医学会との出会い
・斉藤先生から小児心身医学会の紹介をしていただき、平成元年の第7回の大阪の学会に「気分障害と診断した7例の検討」と演題を出して初参加しました。小児心身の先生方は村山先生や木下先生をはじめとしてとっても暖かく声をかけていただいてすごく居心地のいい学会となりました。どんな発表でもよいところを探して認めてくださり、こちらに気付かせるような質問をしてくださったりと感動しました。そういう点でピリピリする小児神経の学会とはずいぶん違うなあと感じたものです。こうしたことから僕の中心的な学会になり、以後毎年演題を出しています。

3、その後の展開
・その後ちゃんとカウンセリングの勉強をしなきゃという思いの湧いてきた時期に、大学の先輩で理論家の山本崇晴先生から紹介していただいて、国谷先生の家族療法やTA(交流分析)など様々な治療を統合したセミナーを受けるようになり、何度もワークを受ける中でほんとの治療ってこういうことなんだ、と身を持って学ぶことができました。すごく幸運でした。
・もう一つ、10年目で大学に戻ることになり、何か研究をという話で、師匠の斉藤先生が、それならと中京大学心理学部の鈴木睦夫先生を紹介してくださり、TAT(絵を見てお話を作る、投映法)を通して見えてくるものを学ぶことになりました。心理学の勉強をちゃんとしたこともなかったので、すごくいい勉強になりました。TAT研究会でブラインドアナリシスは圧巻でした。ケースはブラインドで、TATの反応から見えるものを読んでいくのですが、暗い絵(TATの図版はみんな何となく暗いのですが)を見ながらクライエントが作ったお話からそうもいろんなことが考えられるのか、言葉にはそんな深い意味が読み取れるのかとびっくりです。最初、クライエントにそんな暗い絵を見せてストレスかけて何が面白いんやとか、そんなこと読み取りすぎで読んでる人の妄想でしょみたいに思ってすごく反応していたのですが、すべての反応を読み込んでいくうちにクライエントが浮かび上がってくるんですね。そりゃすごかったです。僕も多くの子どもたちの反応をテープにとり、テープ起こしをして、鈴木先生と反応を読み込んでいく中で、言葉一つ一つが無意識の表れであってとても重要であることに気付き、人の心理を少しづつ学ぶことができました。不登校の子たちのTATをコントロール群と比較したのが僕の博士論文になりました。同時に勉強しようと思って臨床心理士を取得しました。
・TATを通してみていくと心身症の子どもたちの中にはすごく心理的に、自我が未熟で、情緒豊かに育っておらず、カウンセリングに乗せることの難しい子がいることが実感でき、どうしてこんなに未熟なんだろうと思うようになりました。共感が難しいんですね。自分の中に起きていることを自覚できず、身体症状が出てしまう。情緒豊かに育つのを援助できたら、心身症を予防できるんじゃないか、そう思うようになったんです。
・そしたら、やっぱり、出生後あるいは周産期でしょう、産科と小児科のあるところでやってみたいと思うようになり、現在の病院に、赴任させていただくようお願いして、時の和田教授が調整してくださって、現在に至ります。

4、学会開催が決まるまで
・盛岡の小児科学会の理事会の前に田中理事長から、「先生学会やってくれない?」と軽く言われ、「それだけは避けたいなあ(大変だから)」という思いと、とっても名誉なことなので、「今が一番いいチャンスかもしれないからチャレンジのつもりで受けようか」「こんなに認めてもらえてうれしい」等々の気持ちがあり、お受けしました。当院の理事長や院長にも相談し、そりゃこういう病院のスタッフが全国学会を開くなんてすごく名誉なことだから支援するからぜひやんなさいと言っていただきとてもうれしかったです。

5、学会のメインテーマ
・学会を僕がやるなら、やっぱり、僕のテーマ、心身症の予防、周産期からの支援、を中心に据えてぜひやりたいと思いました。それが今回のメインテーマになっています。

すみません、初回から長くなってしまって。読んでいただいてありがとうございました。
以降進行状況や思い入れをつれづれに行きたいと思います。